インタビュー 〜COEプログラム採択にあたって〜
文部科学省は、国際競争力のある世界最高水準の大学づくりを推進することを目的として「研究拠点形成費補助金」(21世紀COEプログラム)を平成14年度から開始していますが、この度、平成15年度の募集に本学が申請した課題のうち、理学研究科数物系専攻・河内明夫教授を拠点リーダーとする「結び目を焦点とする広角度の数学拠点の形成」プログラムが採択されました。理学研究科数物系専攻・河内明夫教授
10月30日、理学部河内明夫教授に、今回のCOEプログラム採択にあたって、おはなしをお聞きしてきました。
結び目理論とは、これまであまりなじみのない理論でしたが、今回COEプログラムに採択された理由、そもそも結び目理論とはいったい何なのか、どうしてそのようにあまり有名でなかった結び目理論に当初から取り組まれたのか、大変興味のあるところです。
(こんま)COEプログラム採択おめでとうございます。しかし、結び目理論とは、何なのか、どうして、また、どのように重要なのでしょうか。
(河内)結び目理論は、綴じたひもの空間への入り方を研究する数学の理論で、10年ほど
前まではそれ程注目されていなかった理論なのです。たとえばDNAは、配列ばかりが研究されていますが、DNAの空間への入り方によっても、性質が異なるのではないか、あるいは、狂牛病でいわれているプリオンは、どうして異常なのかまだ解明され
ていない。しかし、この結び目理論をとりいれることであらたな糸口がみつかるのではないか、あるいはまた、バクテリアのいろいろな現象も、これで説明できないか。土星の輪のA環のすぐ外側のF環と呼ばれる輪は折れ曲がりほどけたひどく使い古された糸のようだ、とジェット推進研究所の観測チームによりコメントされている。
こうなる理由は不明であるが、この絡んだ輪(絡み目)の例は結び目理論が天体力学や流体力学と結びつく・・・というふうに、多くの分野と関連しています。
(1)DNAとは2重らせんのひもであるが、それを1本のひもと見るとき、輪になることがあります。 1985年頃から生化学者達の遺伝子合成研究でその輪が結び目(DNA結び目という)になることがわかってきました。 この研究では、もちろん結び目の分類理論が重要となる(というのはそれを知らなくては何を合成してるのかわからなくなってしまうから)。

▲DNA結び目の電子顕微鏡写真
(2)土星の輪のA環のすぐ外側にF環と呼ばれる輪がある。 1980年にボイジャー2号がこの輪を撮影したのであるが、この輪は折れ曲がりほどけたひどく使い古された糸のようだ、とジェット推進研究所の観測チームによりコメントされている。 こうなる理由は不明であるが、この絡んだ輪(絡み目)の例は結び目理論が天体力学や流体力学と結びつく可能性を示唆している。

▲土星の輪のF環(NASA提供)
(3)1985年頃から、量子統計力学における分配関数に関連して生じる粒子の相互作用についてのヤン・バクスター方程式の解が本質的に結び目や絡み目の不変量を与えるという、驚くべき事実が明らかになっており、今や統計力学、量子力学、ゲージ理論と結び目理論の関連研究が精力的になされるようになっている。
(4)ストリング(ひも)理論とは時空に埋め込まれた曲面論と言えますが、この理論は4次元空間内の曲面結び目の理論とはいずれ関係がつくだろうと思われる。
(5)高分子合成化学の分野では、原子の共有結合により空間グラフ(分子グラフという)を形成するが、結び目の非もろて性の判定問題の一般化である分子グラフのカイラリティ(chirality)の判定問題は、高分子合成研究の重要な研究課題になっている。
(6)最近世間を騒がせている狂牛病も結び目理論と関係している可能性がある。 と言うのは、この病気は正常プリオン蛋白が異常プリオン蛋白に変わってひき起こされるのであるが、αアミノ酸のペプチド結合による正常プリオンと異常プリオンの(一次)構造は同じであることがわかっており、それらを細長いひもとみなすとき結び目としての違いが影響しているのではないか、と疑われるからである。
(7)すこし変わったところでは、人間の精神構造も結び目理論と関係があると思われる。 あの人は素直であるとか、あの人はひねくれているとか言う表現は万国共通であり、それは人間精神をひもにたとえた表現と言えるのではないかと思える。 結び目理論を利用した“人間精神のモデル”は是非考えてみたいテーマである。
(こんま)河内先生はどのようにしてこの研究に入られたのでしょうか。
(河内)100年も前に、イギリスのケルビン卿が「原子はエーテルの結び目に沿った渦巻き」と提唱したところ、エーテルは現実にはないもので、エーテルと共に「結び目理論」までも、そのまま捨て去られ、ほそぼそと研究がなされていました。
そういった状況でたまたまその理論を研究していた寺阪英孝先生のもと(上智大学)で研究し始めたのですが、大学院へ進学しようとしたとき、当時結び目理論の本格的な研究は
寺阪先生の学生の神戸大学の細川藤次先生のところしかなく、修士課程はそこに進学。しかしそこには当時博士課程がなく、博士課程は細川先生の大学の同期の、市大理学部数学科幾何学の田尾鶉三先生のところで受け入れていただき、幸いその後職も得て今日に至っています・・・市大には風変わりな学問でも受け入れてくれる自由な学問の雰囲気があったので、大変市大には恩義を感じているのです。
※結び目理論は、日本では1950年代に寺阪英孝先生(1904-1996)により初めて大阪で研究された学問で、河内先生は、大阪大学から上智大学に移られた寺阪先生から結び目理論を教えられたということです。
ところが1990年ごろ、世界中で、その理論が認められ注目され始め、数学だけでなく、他の学問分野でも研究されはじめたというわけです。わたしも、これまでたくさんの研究論文を発表しています。
(こんま)ようやく結び目理論が日の目を見た、というわけですね。本日は貴重なおはなしありがとうございました。結び目理論とはどのような学問か 概説
結び目(knot)とは、普通ひもが図1−1の(2)-(5)のようになったものを指しており、(1)は結ばれていないひもの図である。 (2)はひとえ結び、(3)は8の字結び目,(4)は水引に用いられている結び目( あわび結び)と呼ばれている。
図1-1
結び目理論の研究というのは簡単に言えば、
「2つの与えられた結び目が同じかどうかを判定すること」
と言うことができる。
結び目理論とはどのような学問か 結び目理論の歴史的経緯
結び目というのは太古の昔からあるが、いつ誰が最初に科学の対象として意識したかはわかっていない。ドイツのガウス(1777-1855)やその弟子リスティング(1808-1882)が興味を示した(例えば、図1−1(3)の8の字結び目はリスティングの結び目とも呼ばれている)ことと、原子はエーテルが結び目になったものというイギリスのケルビン卿(1824-1907)の理論(渦巻き原子説)が結び目理論に大きな影響を与えたことははっきりしている。原子の構造が理解され始め、ケルビン卿の理論が間違っていることが明らかになったのは約 100年前ですが、その頃からここ10年位前まで結び目理論はトポロジー(位相幾何学)という数学の研究分野の中でかなり孤立した状態で研究がなされてきました。数学を使うメリットとしては、多くの結び目・絡み目に対し、精密な計算によって同じかどうかを判定できる点にある。図1−1の(1)-(5)のどの2つも実際に異なる結び目であるが、そのことを知るには例えばアレクサンダー多項式というおのおのの結び目に対して定まるような結び目不変量を具体的な計算によって求めて、それらが実際に異なるのでこれらは異なっていると判定するのである。
以上、基礎科学における最も重要な研究テーマの一つになるだろうと期待されているとのことでした。(取材:有恒会ホームページ担当 こんま)
「結び目理論」に関する参考文献等:
大阪市立大学インターネット講座ホームページ(平成9年度版)より
「結び目理論」理学部:河内明夫教授 第1回〜第12回講義
http://koho.osaka-cu.ac.jp/vuniv1997/kawauchi/lectkawa.html
なお、平成14年度には、文学研究科哲学歴史学専攻・阪口弘之教授を拠点リーダーとする「都市文化創造のための人文科学的研究」プログラムが採択されています。
http://www.osaka-cu.com/yukokai/article.php/20051010035525312